リフレッシュの大切さ。人間は機械ではないのだ。

このごろ、リフレッシュの大切さをおもう。いまどきのアメリカの十代は、おきてから10分以内にスマホやタブレット、パソコンなどのスイッチをいれSNSに没頭するというが、わたしも人事ではなくなってきた。以前は、おきたらまず、新聞とコーヒーだったが、おきたら、タブレットのスイッチをいれるにかわってしまったからだ。そうなってしまってから、一日のペースがおかしくなった。電源をいれたタブレットのまえからなかなか名はれられない。

きづけば数時間が経過している。昨日の続きがきになり、今日も電源をいれる。そんな繰り返しで、一月以上がすぎた。いや二月だったかもしれない。当然ながら、仕事はとどこおる。やりかけだった仕事、よみかけだった仕事は、放置される状態に。タブレットをみつづけて、目の疲れもいちじるしい。

そんな毎日をおくるうち、リフレッシュの大切さをあらためておもった。ライターの仕事をしていると、経験があれば、10分で、1000文字かけるはずという理不尽な買い叩きにも遭遇する。たしかに、原稿にむかっている時間、文字を打ち込んでいる時間そのものは、10分かもしれない。しかし、何をかくか、考えている時間、書き終わったあとに、疲れをいやすために、必要になる、喫茶店での寛ぎの時間、もしくは、顔の疲れをいやすためのマッサージの時間などを考えると、10分の仕事をした疲れをとるために必要な時間とお金は結構なものだ。そんな実態は、もっと訴えていかなければと思う。